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おねえちゃんが罹った川崎病について
 
 
【1994/06/12 19:00】
 
 
今は15才になった娘が生後4ヶ月の時にかかった「川崎病」のこと。
もう15年も前のことなので・・・・
1年間は育児日記をつけていたのでそれに書いてあったことと覚えている限りですが書いておきたいと思います。
現在、川崎病の子や川崎病のことを知らない人の参考にでもなればいいのですけれど・・・




 1994年6月12日(日)
1994年2月1日生まれの娘が発病したのは1964年6月12日でした。
4ヶ月になったばかりだった娘は完全母乳だったので朝オッパイをあげたときに熱があることに気がつきました。
計ってみると38.3度。比較的元気だったのと日曜日だったので
「様子をみて明日にでも病院に連れて行こう。きっとはじめての熱だし突発性発疹かもな?」
程度に思っていました。
あやせば笑うし機嫌もまあまあいいわ?
なんて思っていなのに日付が変わった0:30ごろの熱が39.0度。
だんだんと元気もなくなってきて苦しそう・・・3:00には39.4度まで上がってきたので
娘を産んだ総合病院に行く事に。
小児科の先生は「初めての熱だし突発性発疹かもしれないね?他の病気は血液検査すればわかるけどとりあえず抗生剤を飲んで3日ほど様子を観ましょう」と。


 1994年6月13日(月)
病院から帰ってきてからもぐずぐず言うし熱も39度近くあって手の平も赤い(このときはぎゅってにぎっているから赤いと思っていた)。
観ていてもかわいそうなくらい息も荒かった。


 1994年6月14日(火)
朝、また病院に連れて行く。
診察してもらうと先生に「髄膜炎や、川崎病の疑いがあります。このまま入院してください。」
と言われました。
川崎病?なに?公害病?」
このときの私たちには「川崎病」のことはまったく知りませんでした。
外来できてそのまま入院となってしまいました。
病室は娘が母乳ということで母子室になることに。
旦那にはとりあえず必要なものをとりに帰ってもらうことに。
このとき私はなぜかとっても落ち着いていました。
きっと家で心配しているよりも病院にいるほうが安心感があったのだと思います。
旦那はとってもパニックだったそうです。

血液検査をしてもらうとCRPという値が6.7ありました。
正常だと0.5くらいでどこかに炎症があると値が高くなるそうです。
腎盂炎の可能性もあると言うことで尿検査をして点滴で抗生剤いれることに。
このときすでに手のひらは赤く、舌も赤く、BCGの跡も赤くはれていました。
熱がなかなか下がらず夕方に座薬を入れました。


 1994年6月15日(水)
この日は午前中に心臓のエコーの検査。
泣いたりして検査が出来なくならないように眠くなる薬を飲まされての検査。
川崎病の特徴の「いちご舌」「手足の赤み」「目の充血」などから川崎病と診断される。
川崎病に有効とされている「ガンマーグロブリン」の点滴を開始。
これによって病気によって冠動脈に出来るこぶが出来にくくなるとか。
昔はこの薬が有効とわからなかったので死亡率も高かったのだそうです。
今ではこの薬のおかげで後遺症もなりにくく、死亡率も低くなったとか。
でも、薬の投与が遅れるとそれだけ後遺症も残りやすく、診断が早ければ早いほどいいそうです。
この日から足の赤みも出てきた。
薬が効いてきたのか熱も徐々に37度台になってくる。


 1994年6月16日(木)
この日もガンマーグロブリンの点滴。
この日は熱もそれほど高くなく、氷枕くらいで下がっていた。
期限もよくなってきておもちゃをつかもうとしたり、少し笑うようになってきた。


 1994年6月17日(金)
この日は血液検査があった。
血液検査は別室に連れて行かれて泣き声が聞こえるのがとってもかわいそうだった。
乳児の血液を採るのはとっても大変なんだそうだ。
何人かに押さえつけられて採るので親には見せられないのだとか。
腕では採れずに足の付け根から採血していたこともあったな??
血液検査の結果CRPの値が5.4で川崎病としてはこの値は低いらしいけれどガンマーグロブリンの点滴を2本追加になった。


 1994年6月18日(土)
この日は特に検査はなし。
月曜日に血液検査と心臓エコーの検査をするという。
血液検査の結果を見てガンマーグロブリンの追加をるつかどうか決めるらしい。
この日はほとんどねつがなく、機嫌もよく元気になってきた。


 1994年6月19日(日)
この日も熱はほとんどなく、元気に手足を動かすようになってきた。
点滴の管が手についているのでうごきにくそうだが・・・
うんちは下痢便がつづいている。
月曜の血液検査の結果では点滴もとれるらしい。
 

 1994年6月20日(月)
血液検査と心エコー。
血液検査の結果はとてもよく(CPRが0.5)点滴がはずれる。
心エコーでは冠動脈の壁が少し厚くなっていると言う。
これは川崎病特有の症状のようで今のところすぐに心配することはないと言う。
先生が丁寧に説明してくれるので安心できる。

母子室はベットが4つで小児病棟からはちょっとだけ離れた婦人科病棟にあった。
これは小児病棟に親と離れて入院している子がいるので部屋を離していたんでしょうね。


 1994年6月21日(火)
今日は検査なし。
昨日の血液検査では血小板の値が少し多くなっているらしい。
通常2.30万のところ50万になっているという。
血沈も少し悪くなっていて川崎病としての値だそうだ。


 1994年6月22日(水)
今日も検査なし。
足のおや指のかわがむけてきた。
川崎病になると前身の血管が炎症をおこすらしくて末梢の指先の皮がむけてくるとか。
まだまだ原因がわからない病気だからなぞが多いんでしょうね。


 1994年6月23日(木)
今日も検査なし。
前回の血液検査の時の血沈は40だったらしい。(正常値は15)
血液検査での値がよくならないと退院はできないらしい。
母子室もどんどん退院していってさみしくなってきた。


 1994年6月24日(金)
今日は血液検査があった。
白血球のあたいとCRPは正常値になった。
血小板はまた増えているようだ。
肝機能もすこしわるいらしい。


 1994年5月25日(土)
今日は検査なし。


 1994年6月26日(日)
今日は回診なし。
よだれも多く、歯がはえそうなのかな?
あかちゃんせんべいをすこしだけ食べた。
昼に付き添い食にりんごがでたのでけずってすこし食べさせてみたら喜んで食べていた。


 1994年6月27日(月)
今日は血液検査と心エコー。
血小板は50万くらい。CRPは0.1だった。
金曜日の検査で退院のめどがつくらしい。
先生と相談して今日から離乳食を出してもらうことにした。
おかゆを3.4さじたべた。

このころから同室の子がみんな川崎病の子になってしまった。
川崎病はだいたい3歳くらいまでに発症して男の子に多いとか。
でも同室のこはみんな女の子だったけれどね。
それと当たり年っていうか年によって多い年と少ない年があるらしい。今年は流行年とか。


 1994年6月28日(火)
今日は検査なし。
おかゆを10さじたべた。


 1994年6月29日(水)
今日も検査なし。

 1994年6月30日(木)
検査なし。


 1994年7月1日(金)
血液検査の結果、血小板が65万5千と増えていたけれど月曜日にまた検査にくると言うことで
退院できることになった。

*********

 1994年7月4日(月)
血液検査で血小板は54万に少し減っていた。
薬が1種類1ヶ月飲むことに。
血小板が増えているので血液が固まりやすいので固まらないように溶かす薬がとか。
1ヵ月後の検査まで外出は控えるように言われる。

**********

 1994年8月1日(月)
血液検査都心エコー。
血小板は40万に減っていた。心臓も異常なし。
薬はのまなくてもよくなった。
あとは6ヵ月後に検査に行くことに。

************
 1995年2月
育児日記が1才までしかつけていなかったので6ヵ月後の詳しい検査はおぼえていません。
確か、心電図、心エコー、血液検査をしたのだと思います。
結果は異常なしでこの日から1年おきにお誕生月の2月に定期検査に通うことになりました。

小学生になってからは2年おきに定期検査となりました。
ベルトの上をあるいたり走ったりして心電図をとる検査をしたりもしました。
2004年の5年生の検査では先生が心臓に毛がはえているくらい丈夫な心臓です。と言っていたほど。
発症から10年、異常がなくきたので定期検査はこれで終了となりました。

2006年。12才で身長160センチ、体重も40数キロ。5年生では生理もきました。
順調に成長しています!
2009年。高校生になりました。中学の心電図検査でもひっかからなかったので
検査はしていません。
先日生命保険の人に気になることを聞いてみました。
川崎病になって後遺症もなかったら普通に大人の保険に入れるか・・・・
詳しい事はわかりませんが5年間その病気で病院にかかっていなければ
入れるでしょうとのことでした。
よくある問診表に「5年以内に病気で病院にかかったり入院や検査をしていない」と
いったようなところにひっかからなければ大丈夫でしょうと。
川崎病に罹ったときは生後まもなく保険に入っていたので入院費や通院費も
出てかなり助かりました。
それにたぶん川崎病発症後は入れなかったでしょう。
ほんと助かりました。


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